漢方の鑑別
症状から漢方を選択することも可能だが選択肢が多数ある。
「虚実」「寒熱」「病期」「気血水」などを組み合わせることで、患者にとってより適切な処方を選択することができる。
(実証・熱証・気逆で黄連解毒湯、など)
虚実
体力のない人(虚症)に実証向けの漢方を投与すると逆に体調を悪くしたり、体力のある人(実証)に虚証向けの漢方を投与しても効果が乏しかったりするため、虚実を判断することは漢方を選択するうえで重要になる。
寒熱
いわゆる発熱があるかどうかではない。
これも押さえておくと漢方の選択がしやすくなる。
気血水
気(き)、血(けつ)、水(すい)のどれが異常かを判断することで漢方の診断に近づく。
どの異常があるのかの判断は初めは難しいので、医学書院「和漢診療学」に記載してあるスコアを使用すると初学者でも判断しやすい。
また、血虚には気虚が合併しやすいように、異常はひとつだけでないことが多い。
①気(き)
精神的・肉体的な目に見えないエネルギー。
- 気逆:気は通常上から下へめぐるが逆流して上方へ流れる。冷えのぼせ、イライラ・焦り。
- 気虚:気の産生が低下や消耗で気不足した状態。気力・活動量低下。
- 気鬱・気滞:気の循環がうまくいかない。抑うつ的。
気逆の診断
スコアで30点以上は気逆の可能性が高い。
14:冷えのぼせ(足は冷える)
8:動悸発作
8:発作性の頭痛
8:嘔吐(悪心は少ない)
10:怒責を伴う咳嗽
6:腹痛発作
6:驚きやすい
8:焦燥感におそわれる
10:顔面紅潮(足の冷えなし)
14:臍上悸
4:下肢・四肢の冷え
4:手掌・足底の発汗
気逆に対する代表的な処方例
【実証・熱証】
黄連解毒湯(おうれんげどくとう):みぞおちのつかえや、圧迫でみぞおちに軽い抵抗。脈が速い。
抑肝散:過緊張、攻撃的、腹直筋緊張
三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう):便秘
桃核承気湯(とうかくじょうきとう):便秘・臍周囲の圧痛、左下腹部の圧痛を伴う索状物
【虚証・寒証】
呉茱萸湯(ごしゅゆとう):冷え・頭痛、肩こり、しゃっくり
苓桂朮甘湯(りょうけいじゅっかんとう):めまい、立ちくらみ
桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう):動悸、不眠
気鬱(気滞)の診断
スコアで30点以上は気鬱(気滞)の可能性が高い。
18:抑うつ傾向
8:頭重感
12:のどのつかえ感
8:胸のつまった感じ
8:季肋部のつかえ感
8:腹部膨満感
8:日内変動
8:朝起きにくく調子が出ない
6:オナラが多い
4:ゲップが多い
4:残尿感
8:腹部の鼓音
気鬱(気滞)の代表的な処方例
【実証】
通道散(つうどうさん):のぼせ、便秘、月経不順
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
【虚実間証】
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):のどのつまり、動悸
柴胡桂枝湯(さいこけいしとう):
柴朴湯(さいぼくとう):小柴胡湯+半夏厚朴湯
四逆散(しぎゃくさん):
【虚証】
考蘇散(こうそさん):胃腸症状、頭痛、耳鳴り
気虚の診断
スコアで30点以上は気虚の可能性が高い。
10:だるい
10:気力がない
10:疲れやすい
6:日中の眠気
4:食欲不振
8:風邪をひきやすい
4:おどろきやすい
6:眼光・音声に力がない
8:舌が淡白紅、腫大
8:脈が弱い
8:腹力が軟弱
10:内蔵のアトニー症状
6:下腹部に力がなく、感覚低下
4:下痢ぎみ
気虚の代表的な処方例
【熱証】
加味帰脾湯(かみきひとう):不眠・ほてり
【寒証】
六君子湯:食欲不振・軟便
四君子湯:六君子湯よりも気虚がつよい
半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう):めまい、頭痛、胃腸虚弱
補中益気湯:気力低下、食欲低下
十全大補湯(じゅうぜんだいほとう):体力・気力低下(気血両虚)
人参養栄湯(にんじんようえいとう):十全大補湯+咳嗽・不眠
②血(けつ)
体内をめぐる赤い液体で、概ね血液と同義。
血の異常には「瘀血(おけつ)」、「血虚(けっきょ)」の2つある。
- 瘀血(おけつ):血の流れが停滞。痛み、不眠、痔など。
- 血虚:産生不足か消耗で血が不足。乾燥肌、脱毛、集中力低下、動悸など。
瘀血(おけつ)の診断
スコアで21点以上で瘀血。40点以上は重度の可能性。
目の周りののくま:10
顔面の色素沈着:2
肌荒れ:男2、女5
口唇の暗赤色:2
歯肉の暗赤色:男10、女5
舌の暗赤色:10
毛細血管拡張:5
皮下溢血:男2、女10
手掌紅斑:男2、女5
臍側圧痛抵抗(左):5
臍側圧痛抵抗(右):10
臍側圧痛抵抗(正中):5
回盲部圧痛・抵抗:男5、女2
S状結腸圧痛・抵抗:5
季肋部圧痛・抵抗:5
痔疾患:男10、女5
月経障害:女10
瘀血(おけつ)の代表的な処方例
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん):瘀血に対する代表薬。
桃核承気湯(とうかくじょうきとう):気逆をともなう便秘。左鼠蹊部の圧痛を伴う索状物。
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):冷え性、色白、血虚・水滞を伴う
血虚(けっきょ)の診断
スコアで30点以上で血虚の可能性あり
6:集中力低下
6:不眠・睡眠障害
12:眼精疲労
8:めまい
10:こむらがえり
6:過小月経・月経不順
10:眼色不良
8:頭髪がぬけやすい
14:皮膚の乾燥・あれ・赤切れ
8:爪の異常
6:知覚障害
8:腹直筋攣急(れんんきゅう)
血虚(けっきょ)の代表的な処方例
四物湯(しもつとう):補血剤の基本。体力低下・腹力のない場合に。
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):冷え性、色白、瘀血、水滞をともなう。
十全大補湯(じゅうぜんだいほとう):気虚も伴う。術後の体力低下などに。
芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう):出血傾向のある血虚に。
温清飲(うんせいいん):四物湯+黄蓮解毒湯。アトピー・乾燥性皮膚疾患・血管炎による色素沈着に。
③水(すい)
体内をめぐる無色の液体。
- 水滞・水毒:水の偏在により浮腫や痰、悪心、めまいなど。
水滞(水毒)の診断
スコアで13点以上は水滞(水毒)の可能性あり。
水滞(水毒)だけのことは少なく、気血の異常を伴うことが多い。
3:体が重い感じ
4:拍動性の頭痛
3:頭重感
5:車酔いしやすい
5:めまい
5:立ちくらみ
3:水様の鼻汁
3:唾液分泌過多
4:泡沫状の喀痰
3:悪心・嘔吐
3:腸蠕動音亢進
7:朝のこわばり
15:浮腫傾向、胃部振水音
15:胸水・心嚢水・腹水
5:臍上悸
5:水様性下痢
7:尿量減少
5:多尿
水滞(水毒)の代表的な処方例
五苓散(ごれいさん):口渇、尿量減少、自然発汗あり。水滞(水毒)の代表薬。
猪苓湯(ちょれいとう):排尿痛。自然発汗はないことが多い。
真武湯(しんぶとう):疲れやすい、めまい、全身の冷え、下痢に。
防己黄耆湯(ぼういおうぎとう):かえる腹、口渇なし。
小青竜湯:水様性鼻汁、泡沫痰、自然発汗傾向。
茯苓湯(ぶくりょういん):みぞおちのつかえ感と食欲不振。
人参湯:手足のひえや疲れやすい人に。胃や胸の痛みがあることも。