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呼吸器

ARDS(急性呼吸窮迫症候群)の診断・治療

ARDSの概要

ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は、非心原性肺水腫を特徴とする重篤な呼吸不全である。

主な病態は、肺炎や敗血症、誤嚥、外傷などを原因とする肺の炎症と肺微小血管の透過性亢進による肺胞内水腫の発生。

臨床的には、急激な低酸素血症と肺コンプライアンスの低下が認められる。

胸部画像検査では、両側性のびまん性浸潤影が特徴的である。

診断には「Berlin Definition」が用いられ、発症時期、画像所見、心原性肺水腫の除外、酸素化の指標を評価する。

治療の中心は、原疾患の管理と肺保護換気法による人工呼吸管理である。

ARDSの疫学

  • 発症頻度:
     ARDSの発症率は地域や診断基準、調査方法によって異なり、過小評価されることも少なくない。
  • 主な発症原因:
     ・肺炎: 約60%
     ・肺外敗血症: 約16%
     ・誤嚥: 約14%
     ・非心原性ショック: 約7%
     ・外傷: 約4%
     ・輸血後ARDS: 約4%
  • 死亡率:
     ARDS全体の死亡率は25〜40%程度。
     重症ARDSでは死亡率がさらに上昇し、約46%に達することもある。

ARDSの身体所見・症状

症状

 急激に発症する呼吸困難が最も典型的な症状である。

 酸素投与を行っても改善しない低酸素血症を伴うことが多い。

 肺炎による発熱、咳嗽、喀痰や、敗血症による全身倦怠感、意識レベル低下、ショック症状がみられる。

身体所見:

  •  頻呼吸および努力呼吸(鼻翼呼吸や胸郭の陥没)
  •  チアノーゼ
  •  肺聴診所見: 両側肺野に湿性ラ音(クラックル)を聴取

ARDSの検査・診断

診断基準

ARDSは2011年に示された「Berlin Definition(ベルリン定義)」に基づいて診断する。以下の4項目で診断する。

Berlin Definition の問題点として、PaO2/FiO2のみで重症度を決定していることが指摘されている。

  • 発症時期
     呼吸症状の悪化または誘因(肺炎、敗血症、外傷など)から1週間以内。
  • 胸部画像
     両側性の浸潤影(胸水、無気肺、腫瘤などで説明できないもの)。
  • 肺水腫の原因
     心不全や過剰輸液による肺水腫は除外する。
     必要に応じて心エコーや血中BNPを用いる。
  • 酸素化の指標:
     軽症: 200 < PaO2/FiO2 ≦ 300 mmHg
     中等症: 100 < PaO2/FiO2 ≦ 200 mmHg
     重症: PaO2/FiO2 ≦ 100 mmHg

各種検査

胸部X線

 両側肺野にびまん性浸潤影を認めるが、脱水が強い場合は初期に陰影が不明瞭なことがある。

胸部CT

 背側肺(荷重部)に浸潤影が強く、腹側は比較的保たれる。

 すりガラス様陰影も特徴的。

動脈血ガス分析

 PaO2の低下と肺胞気-動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の開大。

 進行例では換気障害を伴いPaCO2が上昇することがある。

血液検査

 白血球数: 炎症反応で増多、敗血症時には減少することもある。

 CRP・プロカルシトニン: 高値(感染症のマーカー)。

 KL-6・SP-D: 肺胞上皮傷害の指標であり、予後不良のマーカー。

 BNP: 心不全との鑑別に有用。

鑑別診断

肺炎、心不全(心原性肺水腫)、急性間質性肺炎、急性好酸球性肺炎、びまん性肺胞出血などを除外する。

血中BNPや心エコーを使用して心原性肺水腫を鑑別する。

ARDSの合併症

  • 人工呼吸器関連肺損傷(VALI):
     人工呼吸器による過伸展や過負荷により、正常肺が傷害される。
     これを防ぐために肺保護換気法(低換気量・低プラトー圧)を行う。
  • 人工呼吸器関連肺炎(VAP):
     人工呼吸器管理中の感染リスクが高まり、予後を悪化させる。
     VAP予防として口腔ケアや閉鎖式吸引システムの使用が推奨される。
  • 肺線維化:
     ARDSの経過中に肺組織の線維化が進行し、予後不良の要因となる。
     早期からの低用量ステロイドが予防に有効とされる。
  • 多臓器不全:
     ARDS患者の死亡原因として最も多い。
  • 循環動態不全:
     高PEEP使用中に血圧低下や尿量低下が生じやすい。
     適切な輸液管理や昇圧薬の使用が必要となる。

ARDSの治療

呼吸管理

肺保護換気戦略

人工呼吸器の設定は以下を参考にする。

  • 1回換気量: 4~8 mL/kg(理想体重)
  • プラトー圧: 30 cmH2O以下に制限
  • 高PEEP:10~16.3 cmH2O

非侵襲的呼吸補助

軽症~中等症例では非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation:NPPV)や高流量鼻カニュラ酸素療法

(high flow nasal cannula: HFNC)が有効な場合がある。

ただし、呼吸不全が悪化した場合は気管挿管への移行を遅らせない。

腹臥位療法

肺水腫により虚脱した背側肺の換気改善が期待できる。

中等症~重症例に対して12時間以上の長時間実施が推奨される。

ECMO(体外式膜型人工肺)

重症ARDS例で、標準的な換気管理が困難な場合に適応となる。

原則として、発症早期(人工呼吸器管理開始から7日以内)に導入を検討する。

薬物療法

低用量副腎皮質ステロイドが死亡率改善や人工呼吸器離脱に有効とされる。

メチルプレドニゾロン(例:ソル・メドロール®)1~ 2 mg/kg/日

感染対策

抗菌薬投与は病原体検出を待たずに広域抗菌薬から開始し、逐次de-escalationする。

例)メロぺネム(例:メロペン®) 1回0.5〜1g 1日2〜3回

また、マクロライド系抗菌薬を併用すると死亡率が下がることが報告されており、併用を考慮する(炎症性サイトカインの過剰産生の抑制等免疫修飾作用が考えられているが機序ははっきりしていない)。

例)アジスロマイシン(例:ジスロマック®)点滴静注用 1回500mg 1日1回(2時間かけて)

長期管理・リハビリテーション

集中治療後症候群(PICS)の予防が重要となる。

早期離床、運動療法、リハビリテーションを多職種で連携して実施する。

ARDSの予後

  • 死亡率:
     全体の死亡率は25~40%程度であり、重症例では約46%に達することもある。
  • 主要死因:
     呼吸不全そのものではなく、多臓器不全が主な死因となる。
  • 長期的な後遺症:
     生存者の多くがQOLの低下や社会復帰困難に直面する。
     特に運動耐容能の低下、精神心理的問題が報告されている。
  • 集中治療後症候群(PICS):
     ICU退院後、身体機能、精神機能、認知機能に影響が残ることがある。

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