膿胸の概要
膿胸は、細菌感染が胸膜腔に波及し、膿が貯留する病態である。
胸膜腔は、肺を覆う臓側胸膜と胸壁内側を覆う壁側胸膜の間に存在する空間である。
この胸膜腔に感染が進展し、化膿性の胸水が蓄積した状態を膿胸と呼ぶ。
発症から3か月以上経過した場合は慢性膿胸と定義される。
主な原因は肺炎や外傷、胸部手術後の感染、結核性胸膜炎の遷延などが挙げられる。
膿胸の疫学
膿胸の発症には口腔内常在菌、黄色ブドウ球菌、嫌気性菌の感染が関与することが多い。
特に誤嚥リスクの高い高齢者や基礎疾患を有する患者(糖尿病、悪性腫瘍、免疫抑制状態)での発症率が高い。
市中感染では肺炎球菌や口腔内連鎖球菌が多く、院内感染では緑膿菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の関与も少なくない。
抗菌薬の普及により膿胸の発症は減少傾向にあるが、高齢者人口の増加に伴い再び注目される疾患となっている。
膿胸の身体所見・症状
膿胸の症状は急性膿胸と慢性膿胸で異なるため、以下に分けて記載する。
急性膿胸の症状・身体所見
- 発熱、悪寒戦慄、全身倦怠感
- 胸痛(呼吸時に増悪)
- 呼吸困難
- 患側での胸部圧迫感
- 咳嗽および膿性痰の出現
- 患側の呼吸音減弱、打診で濁音を認める
- 聴診では粗いラ音(coarse crackles)を聴取
慢性膿胸の症状
- 労作時の呼吸困難(胸膜肥厚による換気障害)
- 軽度の胸痛または圧迫感
- 体重減少や栄養障害
慢性化に伴い、胸膜が厚くなり肺の膨張が制限されるため、徐々に呼吸機能の低下が進行することがある。
膿胸の検査・診断
膿胸の診断は、臨床症状、身体所見、画像検査および胸水検査によって行う。
血液検査
急性膿胸では炎症反応が顕著に上昇するが、慢性膿胸では軽度の炎症所見にとどまることもある。
- 白血球増多(核左方移動を伴うことが多い)
- CRP上昇
- 赤沈亢進
胸水検査
胸腔穿刺を行い、胸水の性状および検査結果により膿胸と診断する。
- 肉眼的所見:
膿性、悪臭を伴うことが多い。 - 生化学的所見:
pH < 7.2(低下)
糖 < 40 mg/dL(減少)
LDH > 1,000 IU/L(上昇) - 細胞所見:
多核白血球優位 - 微生物学的検査:
一般細菌培養およびグラム染色
嫌気培養
結核性膿胸を疑う場合は抗酸菌検査(塗抹および培養)
培養陽性率は高くないこともあり、胸水のグラム染色や臨床経過も参考にする。
画像検査
- 胸部X線:
胸水貯留を認める。
胸水は患側の胸膜腔に偏在することが多い。
大量胸水では縦隔偏位を伴う。 - 胸部CT:
胸水の貯留範囲や胸膜の肥厚、隔壁形成の有無を評価する。
多房化した胸水はドレナージの困難を示唆する。
結核性膿胸では被膜形成が特徴的である。 - 胸部超音波:
胸水の貯留部位や量の確認、穿刺部位の同定に有用。
通常の胸水に比べてエコー輝度が上昇することが多い。
鑑別診断
膿胸と類似の臨床像を呈する疾患として、以下の鑑別が必要である。
- 肺炎随伴性胸水:単純性か複雑性かを胸水のpH、LDH、糖で区別する。
- 結核性胸膜炎:胸水中のアデノシンデアミナーゼ(ADA)高値が特徴。
- 悪性胸膜炎:胸水細胞診および胸膜生検が有用。
- 膿胸瘻・肺膿瘍:隣接する感染巣からの波及を評価する。
膿胸の治療法
膿胸の治療は、抗菌薬療法および胸腔ドレナージが基本となる。
治療抵抗例や慢性膿胸では外科的治療を考慮する。
初期治療
膿胸が疑われた場合、早期に胸腔穿刺を行い、膿性胸水の確認と培養検査を実施する。
胸腔ドレナージ:
胸膜腔にチューブを挿入し、膿性胸水を排出する。
排液量や臨床症状の改善をモニタリングし、効果が乏しい場合は胸部CTで多房化やドレーンの位置不良を確認する。
抗菌薬療法:
原因菌をカバーする抗菌薬を静脈投与する。
培養結果が得られ次第、薬剤感受性に応じて抗菌薬を調整する(de-escalation)。
市中感染では肺炎球菌や嫌気性菌を想定し、以下の抗菌薬を使用する。
抗菌薬の投与期間は一般的に4~6週間が目安である。
アンピシリン・スルバクタム(例:スルバシリン®、ユナシン®等) 1回3g 1日2〜4回 点滴静注
βラクタムアレルギーの場合:2剤併用
レボフロキサシン(例:クラビット® ) 1回500mg 1日1回 点滴静注(約60分間かけて)
メトロニダゾール(例:アネメトロ® ) 1回500mg 1日3〜4回 点滴静注(20分以上かけて)
院内感染や免疫不全症例では、緑膿菌やMRSAを考慮し、広域抗菌薬(カルバペネム系やバンコマイシン)を選択する。
治療抵抗例へのアプローチ
初期治療で改善が見られない場合や隔壁形成が高度な場合、外科的治療を考慮する。
- 胸腔鏡下剥皮術(VATS):
多房化した胸腔内の膿瘍を除去し、胸膜の肥厚部分を剥皮する。
開胸手術と比較して、術後の合併症が少なく、入院期間が短縮されることが示されている。 - 開胸剥皮術:
VATSが困難な重症例や慢性膿胸に対して実施する。
肺の膨張不全を改善し、胸膜腔の完全閉鎖を目指す。
膿胸の予後
膿胸の予後は治療の開始時期と適切な介入に大きく依存する。
急性膿胸
早期に抗菌薬と胸腔ドレナージが行われた場合、一般的に予後は良好である。
しかし、以下の要因では予後不良となる可能性が高い。
- 低pH胸水(pH < 7.2)
- 糖濃度低下(<40 mg/dL)
- 治療抵抗性:適切なドレナージが得られない症例
- 免疫不全患者
- 多房化した膿胸
慢性膿胸
慢性膿胸は治療が遷延した急性膿胸や結核性膿胸から移行することが多く、完全治癒が難しい場合がある。
胸膜の肥厚が進行し、呼吸機能障害を残す可能性が高い。
また、慢性経過に伴いEBウイルス関連リンパ腫や胸膜悪性腫瘍が発生することがあるため、長期的な経過観察が必要である。