概要
ギラン・バレー症候群(GBS)は、自己免疫機序によって発症する急性の多発末梢神経障害であり、急速に進行する弛緩性麻痺を特徴とする。発症頻度は人口10万人あたり年間1.15人程度とされる。約70%の患者が先行感染(特にカンピロバクター感染やウイルス感染)を契機に発症する。
疫学
- 発症率:人口10万人あたり年間0.6~1.9人程度
- 年齢・性別:全年齢で発症しうるが、高齢者の発症率が高い
- 先行感染:カンピロバクター(Campylobacter jejuni)感染が最多。その他、サイトメガロウイルス、EBウイルス、ジカウイルス、SARS-CoV-2などが関連
身体所見・症状
主要症状
- 急性発症の左右対称性の四肢筋力低下
- 軽度の感覚障害(異常感覚)
- 深部腱反射の低下または消失
- 自律神経障害(血圧変動、不整脈、麻痺性イレウス)
- 3割程度で呼吸筋麻痺による呼吸不全
臨床病型
- 急性炎症性脱髄性ポリニューロパチー(AIDP):最も一般的
- 急性運動性軸索型ニューロパチー(AMAN)
- 急性感覚性運動失調型ニューロパチー(SAN)
- フィッシャー症候群(眼球運動障害・運動失調・腱反射消失)
- 咽頭-頸部-上腕型(PCB)(球麻痺症状と上肢近位部筋力低下)
検査・診断
病歴および臨床評価
先行感染の確認
発症前4週間以内に、上気道炎や下痢などの感染症、あるいはワクチン接種などの先行イベントが認められる場合が多い。
臨床症状の評価
急性発症で進行性の両側性の運動麻痺が特徴。
通常、下肢から始まり、左右対称に進行する。
四肢の腱反射が低下または消失している。
感覚障害は存在するが、運動障害に比べて軽度な場合が多い。
重症例では呼吸筋麻痺や自律神経障害が認められることもある。
補助検査
- 神経伝導検査(NCS)
- 脱髄型(AIDP)や軸索型(AMAN、AMSAN)のパターンの有無を確認する。
- 発症初期には正常な所見が出る場合もあるため、必要に応じて再検査を行う。
- 脳脊髄液(CSF)検査
- 発症1週間以降に、蛋白の上昇(蛋白細胞解離:蛋白は高値、細胞数は通常10/μL以下)を認める。
- 発症直後(3日以内)では蛋白上昇が見られない場合があるので、タイミングに注意が必要。
- 血清ガングリオシド抗体検査
- GM1抗体、GQ1b抗体など、特定の糖脂質抗体が検出されることがあり、診断の補助となる。
- 陽性率は約60%程度であり、陰性でもGBSを否定できない。
他疾患との鑑別
- 脳卒中、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、重症筋無力症、急性間欠性ポルフィリン症など、GBSと類似の症状を呈する疾患との鑑別を行う。
- 臨床経過や補助検査(MRI、血液検査、筋電図検査など)を組み合わせ、他の原因を除外する。
診断の流れ
- 初期評価:病歴および神経学的所見からGBSが疑われる場合、迅速に入院管理とモニタリングを開始する。
- 補助検査の実施:神経伝導検査やCSF検査を行い、病型(脱髄型か軸索型か)および診断の確定を図る。
- 必要に応じた追加検査:ガングリオシド抗体検査や画像検査(神経MRIなど)を実施し、他疾患との鑑別を補完する。
合併症
- 呼吸筋麻痺:人工呼吸管理が必要となる場合あり
- 自律神経障害:血圧変動、不整脈、麻痺性イレウス
- 深部静脈血栓症(DVT):下肢麻痺例で特に注意
- 誤嚥性肺炎:球麻痺による誤嚥のリスク増加
治療法
1. 免疫療法
経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)
- 適応: 発症4週間以内で歩行不能(FG4以上)または急速進行例、嚥下障害や自律神経障害を認める症例
- 用量・方法: 0.4 g/kg/日を5日間、点滴静注で投与(初回は徐々に速度を上げながら実施)
- 注意点: 副作用(頭痛、悪心、血栓症、無菌性髄膜炎など)に留意。IgA欠損症や重篤な肝腎不全の患者では慎重に実施
血漿交換療法(PE)
- 適応: 重症例(例えば、FG4以上の患者)でIVIgと同等の効果が認められる場合
- 方法: 1回あたり40~50 mL/kgの血漿処理を2~5回(重症例は隔日で4~5回など)
- 注意点: 循環不全や出血傾向、感染症には禁忌。アルブミン溶液を置換液として使用
併用療法について
- IVIgとPEの併用は、IVIgの効果を減弱させる可能性があるため推奨されない
2. 支持療法・対症療法
呼吸管理
- 呼吸筋麻痺や嚥下障害がある場合は、速やかに気管内挿管・人工呼吸管理を検討(肺活量VCやPaCO₂を目安に)
循環管理・自律神経障害対策
- 血圧や心拍数の異常に対して、経皮的ペーシング、アトロピン投与、短時間作用型薬剤などを用いたモニタリングと治療
合併症予防
- 深部静脈血栓症予防: 低用量未分画ヘパリン、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法の併用
- 誤嚥性肺炎対策: 口腔ケア、嚥下障害への適切対応(経鼻栄養等)
- 麻痺性イレウスや褥瘡の予防: 早期の体位管理と理学療法の開始
疼痛管理
- 急性期は非麻薬系鎮痛薬を、改善が不十分な場合は麻薬系鎮痛薬(トラマドール、フェンタニル、モルヒネ等)
- また、ガバペンチンやカルバマゼピンなどの神経因性疼痛に対する薬剤を使用
リハビリテーション
- 早期から理学療法を開始し、運動機能の回復を図る。長期にわたるリハビリテーションが予後改善に寄与
3. 治療開始のタイミングと入院管理
早期治療の重要性
- 症状の進行が急激な場合、早期に免疫療法を開始することで、後遺症の軽減や社会復帰の可能性が高まる
入院・ICU管理
- 重症例、呼吸不全や自律神経障害のある場合は、集中治療室での管理が推奨される
予後
- 回復率:
- 約80%の患者は社会復帰可能
- 20%の患者に後遺症(筋力低下、感覚障害など)
- 予後予測スコア:
- mEGOS(発症3・6か月の独歩不能を予測)
- EGRIS(1週間以内の人工呼吸器管理の可能性を予測)
- 致死率:5%未満(重症例では呼吸不全や自律神経障害が死因)
患者説明のポイント
- GBSは急速に進行するが、適切な治療により多くの例で回復可能
- 治療開始が早いほど回復が早い
- 呼吸不全や重度の自律神経障害がある場合、入院管理が必須
- 一部の患者では後遺症が残る可能性がある