概要
IgA腎症は、検尿で発見される糸球体性血尿や蛋白尿が持続し、腎生検により糸球体メサンギウム領域にIgAが優位に沈着していることから診断される腎炎である。
多くは無症候性で発見されるが、放置すると緩徐に腎機能障害が進行し、20年程度で約40%が末期腎不全に至る予後不良な疾患である。
粘膜免疫の異常や上気道・消化管感染との関連、さらには遺伝的素因も病因に関与していると考えられている。
疫学
- 発症率: 10万人あたり年間3.9~4.5人
- 地域分布: アジア太平洋地域(特に日本)で多く見られる
- 検出方法: 健康診断や学校検尿により早期発見される
- 腎生検症例割合: 腎生検症例の約1/3がIgA腎症と診断される
- 10年腎生存率: 成人発症例で80~85%、小児発症例では90%以上
身体所見・症状
- 無症候性発見: 多くの患者は自覚症状がなく、偶発的な尿異常で発見される
- 一過性の肉眼的血尿: 上気道感染や消化管感染後に、肉眼的血尿が出現することがある
- 進行例の症状: 高血圧、浮腫、ネフローゼ症候群(高度蛋白尿、低アルブミン血症)などが認められる
検査・診断
IgA腎症の確定診断は腎生検によってのみ行われ、以下の検査所見が診断の要となる。
尿検査
- 持続的顕微鏡的血尿
- 尿沈渣で赤血球(HPFあたり5個以上)が2回以上確認される
- 間欠的または持続的蛋白尿
- 1日あたり0.15g以上の蛋白尿が認められる
- 24時間蓄尿検査や早朝尿の蛋白/クレアチニン比で定量評価
血液検査
- 血清IgA値
- 約半数の患者で315mg/dL以上の高値
- IgA/C3比
- 3以上であることが、IgA腎症の鑑別に有用
腎生検
腎生検により以下の所見が確認される。
光学顕微鏡所見
- メサンギウム増殖性変化
- メサンギウム領域における細胞増加や基質の拡大が主体
- 多彩な病変
- 半月体形成、分節性硬化、全節性硬化など、病変の種類・程度は症例により異なる
免疫染色所見
- IgAの顆粒状沈着
- 蛍光抗体法または酵素抗体法で、メサンギウム領域にIgAが優位に沈着していることを確認
- その他の免疫沈着
- IgG、IgM、補体C3が染色されることもあるが、IgAの沈着が支配的
電子顕微鏡所見
- 高電子密度沈着
- 主にパラメサンギウム領域に電子密度の高い沈着物が確認される
鑑別診断
- ループス腎炎、IgA血管炎、肝性糸球体硬化症、HCV関連腎症、自己免疫疾患に伴う腎炎などを除外する。
合併症
- 進行性腎機能障害: 放置すると約20年で40%が末期腎不全に至る
- ネフローゼ症候群: 高度蛋白尿による低アルブミン血症、浮腫、全身性症状を引き起こす
- 高血圧: 腎機能低下に伴い血圧が上昇し、さらなる腎障害リスクが増加する
治療法
治療は患者の病態、腎機能、尿蛋白量、そして腎生検での組織学的重症度に基づいて、積極的治療と保存的治療に分けて行う。
積極的治療(免疫抑制療法)
副腎皮質ステロイド療法
- ステロイドパルス療法:
例:メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム(一般名:ソル・メドロール®)
500~1000mg、1日1回、3日間連続静注
- 内服ステロイド:
例:プレドニゾロン(一般名:プレドニン®)
体重約0.5mg/kg、1日20~30mgを朝食後に隔日投与
- 口蓋扁桃摘出術との併用:
上気道感染との関連が疑われる場合、扁桃摘出術とステロイドパルス療法の併用により臨床的寛解が期待される
免疫抑制薬の併用
- 副腎皮質ステロイド単独療法で効果が不十分な場合、
- ミコフェノール酸モフェチルやカルシニューリン阻害薬(例:タクロリムス)の追加療法が検討される
保存的治療(腎保護治療)
RA系阻害薬(ACE阻害薬・ARB)
- 尿蛋白の減少および腎機能障害進行の抑制に効果的
- 低血圧や高カリウム血症に注意
エナラプリル(一般名:レニベース®):2.5~5mg 1日1回、朝食後
ロサルタン(一般名:ニューロタン®):25~50mg 1日1回、朝食後
SGLT2阻害薬
慢性腎臓病としての保険適用により、優れた腎保護効果が報告されている
ダパグリフロジン(一般名:フォシーガ®):10mg 1日1回、朝食後
その他の治療
- 抗血小板薬:
短期的に蛋白尿を減少させる可能性があるが、長期的な効果は不明
例:ジピリダモールまたはジラゼプ塩酸塩
- n―3系脂肪酸(魚油):
臨床試験で一部効果が報告されるが、現時点で十分なエビデンスは得られていない
例:イコサペント酸エチル、オメガ-3脂肪酸エチル
- 生活習慣改善:
食事療法(食塩制限、たんぱく質摂取制限)、体重管理、禁煙、適度な運動指導など、全体的なCKD管理が重要
予後
IgA腎症の予後は、初診時の尿蛋白量、血圧、腎機能、そして腎生検での組織学的重症度によって決定される。適切な治療介入により予後の改善が期待できるが、無治療の場合は20年程度で約40%が末期腎不全に至る。
重症度分類
組織学的重症度(IgA腎症診療指針 第3版)
- H-GradeⅠ: 病変を占める糸球体の割合が25%未満
- H-GradeⅡ: 25~50%未満
- H-GradeⅢ: 50~75%未満
- H-GradeⅣ: 75%以上
臨床的重症度分類(IgA腎症診療指針 第3版)
- C-GradeⅠ: 尿蛋白<0.5g/日
- C-GradeⅡ: 尿蛋白≧0.5g/日かつeGFR≧60 mL/分/1.73m²
- C-GradeⅢ: 尿蛋白≧0.5g/日かつeGFR<60 mL/分/1.73m²
透析導入リスクの層別化
- 低リスク: H-GradeⅠかつC-GradeⅠ
- 中等リスク: H-GradeⅡ〜またはC-GradeⅡ(11.3%が平均11.5年で透析移行)
- 高リスク: H-GradeⅢ~ⅣまたはC-GradeⅢ(24.5%が平均8.9年で透析移行)
- 超高リスク: H-GradeⅢ~ⅣかつC-GradeⅢ(64.7%が平均5.1年で透析移行)
予後改善のためのポイント
- 早期診断・治療: 検尿異常の早期発見と、適切な治療介入(積極的な免疫抑制療法や腎保護療法)が予後改善に重要
- 定期的な経過観察: 尿蛋白、eGFR、血圧のモニタリングにより、病態の変化に迅速に対応する
- 生活習慣の改善: 減塩、禁煙、体重管理、適度な運動が腎保護に寄与する