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せん妄の概要
せん妄は、注意力や意識の低下、思考の混乱を特徴とする急性の脳機能障害である。
患者の行動や精神状態に急激な変化がみられ、これには幻覚や妄想、感情の不安定さ、覚醒水準の変動が含まれる。
多くの場合、基礎疾患や薬剤の影響、手術後のストレスなどが原因となる。
せん妄は一過性であることが多いが、適切な診断と治療が行われない場合、患者の状態が悪化することもあるため、早期発見と治療が重要である。
特に高齢者や基礎疾患を有する患者においてリスクが高い。
せん妄の分類
せん妄は以下の3つのタイプに分類される。
- 過活動型せん妄:興奮、不穏、幻覚などが主症状となるタイプ。
- 低活動型せん妄:無気力、意識の低下、反応の鈍さが目立つタイプ。
- 混合型せん妄:過活動型と低活動型が交互に現れるタイプ。
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せん妄の疫学
- 入院患者の10~30%で発生。
- ICU入院患者では最大80%が経験する。
- 高齢者、特に75歳以上でリスクが増加。
- 手術後や慢性疾患(認知症、脳血管障害など)の患者で発症率が高い。
- 男性患者でやや発症率が高いとの報告あり。
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せん妄の診断
せん妄の診断は、臨床症状の評価を基盤に行う。
急性または亜急性に発症した注意障害や意識レベルの変動を伴う精神状態の変化が主な特徴である。
診断には、既往歴の聴取や身体診察、必要に応じた補助的な検査が含まれる。
診断基準
せん妄の診断にはDSM-5の診断基準が広く用いられる。
以下のポイントを満たすかを確認する。
A | 注意の障害(すなわち、注意の方向づけ、集中、維持、転換する能力の低下) および意識の障害(環境に対する見当識の低下) |
B | その障害は短期間のうちに出現し(通常数時間~数日)、もととなる注意および意識水準からの変化を示し、 さらに1日の経過中で重症度が変動する傾向がある。 |
C | さらに認知の障害を伴う(例:記憶欠損、失見当識、言語、視空間認知、知覚)。 |
D | 基準AおよびCに示す障害は、他の既存の、確定した、または進行中の神経認知障害ではうまく説明されないし、 昏睡のような覚醒水準の著しい低下という状況下で起こるものではない |
E | 病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が他の医学的疾患、物質中毒または離脱(すなわち、乱用薬物や医療品によるもの)、 または毒物への暴露、または複数の病院による直接的な生理学的結果により引き起こされたという証拠がある。 |
検査
原因特定や重症度の評価には、以下の検査が役立つ。
- 血液検査
感染症(白血球数やCRPの上昇)、代謝異常(血糖値、電解質異常、腎機能、肝機能検査)、貧血や低酸素血症(血中酸素飽和度)の有無を確認する。 - 尿検査
尿路感染症のスクリーニングや脱水状態の評価を行う。 - 画像検査
必要に応じて、頭部CTやMRIを実施し、脳血管障害や腫瘍、出血、水頭症などを評価する。 - 脳波検査
てんかん発作や非てんかん性てんかん重積の鑑別に有用である。
せん妄では、しばしば低振幅かつ徐波を呈することがある。 - その他の検査
特定の疾患を疑う場合には甲状腺機能検査、ビタミンB1、B12、葉酸の測定、薬物中毒スクリーニングを行う。
鑑別診断
せん妄の鑑別には、認知症、うつ病、統合失調症、てんかん重積などが含まれる。
認知症とは異なり、せん妄は急性の経過をとり、注意障害や日内変動が顕著である点が特徴的である。
せん妄のリスクとなる薬剤
カテゴリ | 薬剤 | 備考 |
---|---|---|
中枢神経作用薬 | 向精神薬、高パーキンソン病薬、抗うつ薬(三環系抗うつ薬、SSRI、SARI、NaSSA)、睡眠薬・安定剤(Benzodiazepine系、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬)、抗けいれん薬(カルバマゼピン)、リチウム、バルビツール酸系薬 | 長期使用や退薬時に特にリスクが高い |
鎮痛剤 | 麻薬性鎮痛剤(フェンタニル、オキシコドン、コデイン、モルヒネ、トラマドールなど)、非麻薬性鎮痛剤 | 鎮痛効果が強いほどリスクが高い |
消化器系の薬剤 | 鎮痙剤、H2-ブロッカー(シメチジン、ラニチジン)、ドパミン受容体拮抗薬(ドンペリドン) | 高齢者での使用に注意 |
炎症・アレルギー薬 | ステロイド(プレドニゾロンなど)、抗ヒスタミン薬(第一世代:シプロヘプタジン、ヒドロキシジン、プロメタジン、クレマスチンなど、第二世代:セチリジン、フェキソフェナジン、ロラタジン) | 第一世代は特にリスクが高い |
抗コリン薬 | アトロピン、ベラドンナ総アルカロイド、オキシブチニン、スコポラミン、トルテロジン、トリヘキシフェニジル、フラボキサート、イプラトロピウム | 抗コリン作用が強い薬剤は特に注意 |
抗がん剤 | 一般的な抗がん剤 | 化学療法中のせん妄リスクに注意 |
抗生物質 | プロカインペニシリン、スルホンアミド系、フルオロキノロン系、マクロライド系 | ドパミン神経系の刺激作用が原因とされる |
気管支拡張薬 | テオフィリン | 用量依存性のリスク |
降圧剤 | ジソピラミド、カルシウム拮抗薬(ニフェジピン) | 高齢者での使用に注意 |
利尿薬 | フロセミド | 電解質異常を通じた影響 |
強心剤 | ジゴキシン | 高用量や腎機能低下時にリスクが増加 |
その他 | β遮断薬、抗ウイルス薬、免疫抑制薬、非ステロイド性抗炎症薬 | 他疾患との併用でせん妄リスクが高まる場合あり |
注意すべき薬剤群 | オピオイド、ベンゾジアゼピン系薬剤、ジヒドロピリジン系薬剤(多くのカルシウム拮抗薬) | 系統的レビューで特にせん妄リスクが高いとされる |
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せん妄の治療法
基本方針
せん妄の治療では、原因疾患の特定とその迅速な対応が最重要である。
原因が特定されない場合や複数の因子が関与する場合には、せん妄そのものへの対症療法が必要となる。
非薬物療法
非薬物療法はせん妄治療の基本であり、すべての患者に対してまず実施すべきである。
具体的には以下の介入が有効である。
環境調整
静かで落ち着いた環境を整える。
十分な照明を確保し、昼夜の区別を明確にする。
必要に応じて時計やカレンダーを設置し、見当識を促す。
家族やスタッフとの連携
家族や親しい人の訪問を促し、安心感を与える。
患者の心理的安定を図るため、親しみやすい対応を心がける。
睡眠の質向上
睡眠を妨げる要因(騒音、頻回な介入)を排除する。
睡眠導入剤の使用は必要最低限にとどめる。
身体的ケア
適切な水分と栄養の管理を行う。
痛みや便秘、尿閉などの不快感を迅速に軽減する。
薬物療法
薬物療法は、非薬物療法で効果が不十分な場合や、患者の興奮が強く身体的危害が懸念される場合に選択される。
以下に代表的な薬剤とその特徴を示す。
抑肝散
- 特徴:
西洋薬と比べて使いやすい。持続的な不安や不眠、攻撃性の軽減に役立つ。 - 注意点:甘草を含むため低カリウム血症に注意
抑肝散7.5g 3×毎食前
ハロペリドール
- 特徴:
錐体外路症状の発現率が約10%と比較的高いが、急性期には有効性が高い。
興奮や不穏が著しい場合に使用される。 - 適応: 統合失調症、そう病
- 注意点: 高齢者には慎重投与が必要。
ハロペリドール(例:セレネース®)注 5mg/A 2.5〜5mg 筋注または静注
オランザピン
- 特徴:
錐体外路症状の頻度は約1%と低く、鎮静作用が強い。
制吐作用や食欲増進作用もあり、睡眠の改善や興奮の抑制にも使われる。 - 適応: 統合失調症、双極性障害における躁症状及びうつ症状の改善、抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)
- 禁忌: 糖尿病患者への使用は禁忌
オランザピン(例:ジプレキサ®)OD 2.5mgまたは5mg 1T1×眠前(1日最大量10mg)
クエチアピン
- 特徴:
錐体外路症状がほとんどなく、パーキンソン病患者にも使用しやすい。
不安や興奮のコントロールに使え、鎮静効果も強いため睡眠改善にもよい。 - 適応:統合失調症
- 禁忌: 糖尿病患者には禁忌。
クエチアピン(例:セロクエル®)25mg 0.5T1×眠前〜2T2×朝眠前など(状態に応じて用量や時間帯を調整)
リスペリドン
- 特徴:
錐体外路症状の頻度は約5%。
幻視や妄想に対して有効だが、鎮静効果は弱い。 - 適応:統合失調症
- 注意点:半減期が長いため、繰り返し投与すると過鎮静に注意が必要。
リスペリドン(例:リスパダール®)内容液またはOD錠 0.5mg1×眠前(適宜増量)または頓服
トラゾドン
- 特徴:
四環系抗うつ薬。鎮静作用が強く、睡眠覚醒リズムの改善を目標に使用されることがある。
頓用ではなく連日投与が推奨される。
睡眠障害や不穏が続く場合によい。 - 適応: うつ状態、うつ病
トラゾドン(例:レスリン®、デジレル®)25mg 1T1×眠前
その他の注意点・コツ
OD錠の使用: 水なしで服用可能なため、高齢者や嚥下障害のある患者に適している。
投与量の調整: 体格の小さい患者では半量投与を考慮する。
禁忌薬の選択: 糖尿病患者や既存の疾患に応じて薬剤を選択する。
モニタリングとフォローアップ
薬物療法は副作用のリスクがあるため、最小限の用量で必要最低限の期間のみ使用することが推奨される。
治療中は症状の改善と副作用の出現を継続的にモニタリングする。
せん妄が改善した後も、再発予防のために環境調整やリハビリテーションを継続する。
せん妄の予後
せん妄の予後は、原因の早期治療や患者の全身状態に大きく左右される。
適切に対応すれば、せん妄は数日から数週間で改善することが多い。
ただし、高齢者や重篤な基礎疾患を持つ患者では、認知機能の低下や日常生活動作の障害が残ることがある。
また、せん妄を経験した患者は、再発リスクや長期的な死亡リスクが増加する傾向があるため、退院後のフォローアップが重要である。
家族への教育や生活環境の調整を行い、再発予防に努める必要がある。