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肝・胆・膵

慢性膵炎の診断・治療

慢性膵炎の概要

慢性膵炎は、膵臓に慢性的な炎症と線維化により膵外分泌腺組織の破壊や減少、結合組織の増加が進行し、膵臓の機能低下を引き起こす疾患である。

主に膵液の分泌障害による消化吸収不良(膵外分泌機能不全)や膵ホルモンの分泌低下(膵内分泌機能不全)が特徴。

成因としては、アルコールが最も多く(約70%)、次いで喫煙や遺伝的要因、急性膵炎の繰り返しが挙げられる。

膵炎の発症には膵腺房細胞や膵管細胞へのダメージが関与し、慢性的な炎症により膵管の狭窄や石灰化を伴うことがある。

病態は不可逆的であり、膵機能が保たれる代償期、膵機能が低下する非代償期、その間の移行期に分類される。

代償期では腹部痛や背部痛が主症状であり、急性膵炎様の発作を繰り返すことがある。

進行するにつれて膵機能の低下が顕著になり、非代償期には脂肪便や体重減少、糖尿病などが主症状となる。

特にアルコール性膵炎では、膵管内に蛋白栓や膵石が形成されやすく、膵液のうっ滞と膵管内圧の上昇が病態を悪化させる要因となる。

慢性膵炎の疫学

  • 2011年の全国調査によると、年間受療患者数は66,980人、新規患者数は17,830人。
  • 患者の男女比は4.7:1と男性に多く、平均年齢は62.5歳。
  • 男性ではアルコールが成因の約78%。
  • 女性では特発性が約54%。
  • 慢性膵炎患者は膵癌のリスクが高く、日本の多施設研究による標準化罹患比は11.8。

慢性膵炎の症状

慢性膵炎の進行は代償期から非代償期へと移行し、約10年の経過で腹痛が軽減する一方で膵機能不全が顕著となる。

初期・代償期の症状

代償期における主な症状は腹痛や背部痛である。特に心窩部から左季肋部にかけての痛みが特徴的で、飲酒や脂肪分の多い食事後に悪化しやすい。

急性膵炎様の発作を繰り返すことが多いが、この時期では膵機能は比較的保たれている。

移行期・非代償期の症状

膵炎が進行すると、膵臓の線維化や腺房細胞の脱落が進み、膵機能が徐々に低下する。

移行期においては、腹痛や背部痛は軽減する傾向があるものの、膵外分泌機能不全や膵内分泌機能不全が目立つようになる。

非代償期に入ると膵機能は著しく低下し、消化吸収障害が主体となる。

脂肪便、体重減少、低栄養が顕著であり、これにより生活の質が大きく低下する。

また、便への未消化栄養素の流入による悪臭を伴う放屁や排便回数の増加が見られる。

膵外分泌機能不全の症状

膵外分泌機能の低下により、三大栄養素の消化吸収障害が生じる。

特に脂肪の消化不良が顕著であり、脂肪便や下痢、腹部膨満感が出現する。

進行例では、栄養不良や体重減少が問題となり、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)の欠乏症状が現れる。

膵内分泌機能不全の症状

膵ランゲルハンス島が障害されることで、インスリン分泌が低下し膵性糖尿病を発症する。

この糖尿病は一般的な2型糖尿病とは異なり、血糖コントロールが困難で低血糖を起こしやすい特徴がある。

慢性膵炎の検査・診断基準

血液検査

膵酵素

  • 膵型アミラーゼ、リパーゼ
    急性増悪時には膵酵素が一時的に上昇することがある。ただし、慢性膵炎では進行に伴い膵実質が減少するため、膵酵素値は正常範囲内または低値を示すことが多い。急性膵炎に比べて膵酵素の上昇は軽度であり、基準値内に留まる場合もある。
  • 血中トリプシン
    感度は低いが、トリプシン値が低値の場合、膵外分泌機能の低下が示唆される。

栄養状態

  • アルブミン
    消化吸収障害が進行した場合、血清アルブミン値が低下する。低栄養状態の指標として評価される。
  • 総コレステロール
    消化吸収障害による脂質の吸収不良が進行すると、血清総コレステロール値が低下する。
  • 貧血
    栄養不良による貧血が認められる場合もあり、特にビタミンB12や鉄の欠乏が影響する。
  • 脂溶性ビタミン(A、D、E、K)
    脂肪便や吸収不良が進行した場合、脂溶性ビタミンの欠乏が問題となる。特にビタミンD欠乏による骨粗鬆症や出血傾向(ビタミンK欠乏)が重要である。

膵内分泌機能

  • 血糖値、HbA1c
    膵性糖尿病の診断には欠かせない項目である。膵内分泌機能の低下により血糖コントロールが悪化し、糖尿病を発症する場合が多い。HbA1cは慢性的な血糖コントロールを評価する指標として用いる。
  • 尿中Cペプチド
    インスリン分泌量の指標として評価され、膵性糖尿病の重症度を判断するのに有用である。

画像検査

腹部超音波(US)

  • 特徴:
    非侵襲的で簡便に実施可能な検査。膵石や膵管拡張の有無を評価できる。
  • 検出可能な異常:
    • 主膵管拡張
    • 膵実質の石灰化
    • 音響陰影を伴う膵石
    • 膵萎縮
  • 利点:
    低コストでリアルタイムに膵臓の変化を観察可能。患者の状態に合わせてベッドサイドでも利用できる。

腹部CT

  • 特徴:
    慢性膵炎の診断における標準検査。膵石や膵石灰化の感度が高く、膵実質の状態を詳細に評価できる。
  • 検出可能な異常:
    • 膵石および膵石灰化
    • 主膵管および分枝膵管の不規則な拡張
    • 膵萎縮
    • 仮性囊胞や膵液うっ滞
  • 利点:
    高解像度の画像により膵臓全体の形態変化を評価可能。仮性囊胞や膵癌との鑑別にも有用。
  • 注意点:
    放射線被曝があるため、頻回の検査は避ける。

MRI/MRCP

  • 特徴:
    非侵襲的に膵管や胆管の詳細な評価が可能。特に分枝膵管の異常に対して高感度。
  • 検出可能な異常:
    • 主膵管および分枝膵管の不整な拡張
    • 分枝膵管の不均一な分布
    • 膵液うっ滞
  • 利点:
    非侵襲的で造影剤を必要としないため、安全性が高い。膵癌や胆管疾患の鑑別にも利用される。

4. 内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)

  • 特徴:
    膵管および胆管の詳細な形態を直接描出できる侵襲的検査。治療的介入も可能。
  • 検出可能な異常:
    • 主膵管の不整な拡張
    • 膵石および蛋白栓
    • 分枝膵管の狭窄や閉塞
  • 利点:
    診断だけでなく、膵石除去や胆管ドレナージなどの治療が同時に可能。
  • 注意点:
    合併症として膵炎や感染が発生するリスクがあるため、慎重な適応が必要。

超音波内視鏡(EUS)

  • 特徴:
    高解像度の超音波画像を提供する検査で、特に早期慢性膵炎の診断に有用。
  • 検出可能な異常:
    • 索状高エコーや点状高エコー(膵線維化を反映)
    • 主膵管および分枝膵管の狭窄
    • 早期慢性膵炎の特徴的な画像所見
  • 利点:
    高い解像度で膵臓組織の微細な変化を観察可能。膵癌の早期発見にも寄与する。

膵機能検査

膵外分泌機能検査

膵外分泌機能は、膵酵素(リパーゼ、アミラーゼ、トリプシンなど)および重炭酸イオンの分泌を評価する検査である。

消化吸収不良が疑われる場合に特に重要となる。

BT-PABA試験(PFD試験)

  • 特徴:
    N-ベンゾイル-L-チロシル-p-アミノ安息香酸(BT-PABA)を経口投与し、腸内で膵酵素により分解されて生じた代謝物が尿中に排泄される割合を測定する。
  • 基準:
    尿中排泄率が70%以下であれば膵外分泌機能不全を示唆する。
  • メリットとデメリット:
    非侵襲的で簡便に行えるが、特異度は低く、腎機能や腸内の他の要因にも影響を受けやすい。

糞脂肪測定

  • 特徴:
    糞便中の脂肪量を測定し、脂肪の吸収不良を評価する。
  • 基準:
    糞便中脂肪量が正常範囲を超える場合、膵外分泌機能不全が疑われる。
  • メリットとデメリット:
    非侵襲的だが、患者に糞便の採取を依頼する必要があり、実施が難しい場合がある。

膵内分泌機能検査

膵内分泌機能は、インスリンやグルカゴンなどのホルモン分泌を評価する検査であり、膵性糖尿病の診断に役立つ。

血糖値・HbA1c

  • 特徴:
    血糖値の即時評価と、HbA1cによる過去1~2か月間の平均血糖値を測定する。

尿中Cペプチド測定

  • 特徴:
    インスリン分泌の指標であるCペプチドの尿中濃度を測定し、インスリン分泌量を間接的に評価し、膵性糖尿病の重症度を判定する。

血中グルカゴン

  • 特徴:
    血中グルカゴン濃度を測定することで膵内分泌機能の全体的な評価を行う。

慢性膵炎の診断基準

慢性膵炎臨床診断基準 2019 によって行う。

性膵炎の診断項目
 ①特徴的な画像所見
 ②特徴的な組織所見
 ③反復する上腹部痛または背部痛
 ④血中または尿中膵酵素値の異常
 ⑤膵外分泌障害
 ⑥ 1 日 60 g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴または膵炎関連遺伝子異常
 ⑦急性膵炎の既往
慢性膵炎確診:a,bのいずれかが認められる.
 a.①または②の確診所見
 b.①または②の準確診所見と,③④⑤のうち 2 項目以上

慢性膵炎準確診:①または②の準確診所見が認められる.

慢性膵炎疑診:①,②のいずれも認めず、③~⑦のいずれか3項目以上有し、他の疾患が否定されるもの(EUS等施行推奨)

早期慢性膵炎:③~⑦のいずれか 3 項目以上と早期慢性膵炎の画像所見が認められる.

所見は以下を参照。

特徴的な画像所見

確診所見:以下のいずれかが認められる.
a.膵管内の結石
b.膵全体に分布する複数ないしびまん性の石灰化
c.MRCPまたはERCP像において、主膵管の不規則な 拡張と共に膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張
d.ERCP像において、主膵管が膵石や蛋白栓などで閉塞または狭窄している場合、乳頭側の主膵管と分枝膵管の不規則な拡張

準確診所見:以下のいずれかが認められる.
a.MRCPまたはERCP像において、膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張、主膵管のみの不規則な拡張、蛋白栓のいずれか
b.CTにおいて、主膵管の不規則なびまん性の拡張と共に膵の変形や萎縮
c.US(EUS)において、膵内の結石または蛋白栓と思われる高エコー、または主膵管の不規則な拡張を伴う膵の変形や萎縮

特徴的な組織所見

確診所見
膵実質の脱落と線維化が観察される。膵線維化は主に小葉間に観察され、小葉が結節状、いわゆる硬変様をなす.

準確診所見
膵実質が脱落し,線維化が小葉間または小葉間・小葉内に観察される.

血中または尿中膵酵素値の異常

以下のいずれかが認められる.
a.血中膵酵素が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇あるいは低下
b.尿中膵酵素が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇

膵外分泌障害

BT-PABA試験(PFD試験)で尿中PABA排泄率の明らかな低下(6時間排泄率70%以下)を認める.

早期慢性膵炎の画像所見

a,b のいずれかが認められる.
a.以下に示すEUS所見 4 項目のうち,1)または 2)を含む 2 項目以上が認められる.
1)点状または索状高エコー(Hyperechoic foci [non-shadowing] or Strands)
2)分葉エコー(Lobularity)
3)主膵管境界高エコー(Hyperechoic MPD margin)
4)分枝膵管拡張(Dilated side branches)
b.MRCPまたはERCP像で3 本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる

慢性膵炎の治療

治療の目標と基本方針

慢性膵炎の治療は、病期ごとに異なる課題に対応することが重要である。

代償期では急性増悪の治療と再発予防、非代償期では膵外分泌機能障害(消化吸収障害)や膵性糖尿病の管理が中心となる。

また、膵石や膵管狭窄といった合併症に対しては、内視鏡的治療や外科治療を検討する。

生活指導

すべての病期において生活習慣の改善が基本となる。

  • 断酒: アルコールは慢性膵炎の主要な原因であり、完全な断酒が求められる。
  • 禁煙: 喫煙は膵炎の進行因子であり、禁煙が進行抑制に有効である。
  • 食事指導: 脂肪分を制限する食事が推奨される。非代償期では栄養状態維持を目的に、適切なカロリーと脂肪の摂取が必要となる。

薬物療法

疼痛管理

慢性膵炎では、疼痛が主訴となることが多く、鎮痛薬の使用が治療の中心となる。

蛋白分解酵素阻害薬はトリプシン活性を阻害し、膵炎の進展を抑制する効果が期待されており、疼痛軽減や膵酵素活性化抑制の目的で使用する。

カモスタットメシル酸塩(フォイパン®) 100mg 6T3×毎食後

上記でも痛みがある場合はNSAIDsの頓用または常用を行う。

ロキソプロフェンNa(ロキソニン®) 60mg 3T3×毎食後または疼痛時頓用(PPIなど併用を)

NSAIDsでも効果が不足する場合は弱オピオイド系鎮痛薬の併用を検討する。

トラマドール(トラマール®)25mg 4T4×(適宜増量、最大1日400mg・1回100mg)

消化酵素補充療法

膵外分泌機能不全(脂肪便や体重減少を伴う場合)には消化酵素補充薬が使用される。

高力価膵酵素製剤(パンクレリパーゼ)

消化吸収障害の改善を目的に、消化酵素を補充する。消化不良や脂肪便、体重減少を改善し、患者の栄養状態を向上させる。

十二指腸内のpHが低下している場合、胃酸分泌抑制薬と併用することで効果を増強する。

パンクレリパーゼ(リパクレオン®)150mg 12Cp3×毎食後

胃酸分泌抑制薬

膵外分泌機能不全では、膵酵素が胃酸により失活する可能性があるため、胃酸分泌抑制薬を併用する。

適応病名には注意。

ラベプラゾールNa(パリエット®) 10mg 1T1×食後

ファモチジン(ガモファー®)10mg 2T2×朝夕食後

膵石・膵管狭窄の治療

膵石や膵管狭窄による膵液うっ滞や膵管内圧の上昇が疼痛の原因となる場合、内視鏡的ステント留置やESWL(体外衝撃波結石破砕療法)等を検討する。

これらでも困難な場合はドレナージ術(Frey手術)や膵部分切除などの外科的手術も検討する。

栄養管理

非代償期では脂肪制限を緩和しつつ、栄養状態の維持が重要である。

  • 消化酵素補充薬を使用しながら、脂肪を40~60g/日摂取。
  • 脂溶性ビタミン(A、D、E、K)や微量元素の欠乏に注意。

慢性膵炎の予後

国内の研究によれば、慢性膵炎患者の膵癌発症リスクは一般集団と比較して約11.8倍。

しかし、断酒や適切な外科的治療を行うことで、このリスクを低減できる可能性が示唆されており、特に断酒により膵癌のリスクが約1/5に、膵手術(ドレナージ術を含む)により約1/10に低下するとされている。

死亡時の平均年齢は、男性で67.2歳、女性で68.7歳と、一般人口と比べて10歳以上若い傾向がある。

特にアルコール性慢性膵炎では予後が不良であり、男性のアルコール性では65.6歳、女性のアルコール性では52.9歳と報告されている。一方、非アルコール性慢性膵炎では、男性で72.5歳、女性で84.6歳と高齢である。

死因の約半数は悪性新生物であり、その中でも膵癌が最も多い。また、糖尿病とその合併症、栄養障害も主要な死因として挙げられる。

慢性膵炎患者は栄養障害や脂溶性ビタミン欠乏を呈し、高齢化とともに心血管系イベントやサルコペニア、骨粗鬆症のリスクが高まることが明らかになっている。

メタ解析によると、慢性膵炎患者における骨粗鬆症の頻度は約23.4%、骨減少症は約39.8%と高率である。そのため、骨粗鬆症のスクリーニング検査を行うことが推奨される。また、サルコペニアに対しては、膵消化酵素補充療法を含む適切な栄養療法が有用とされている。

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