慢性膵炎の進行は代償期から非代償期へと移行し、約10年の経過で腹痛が軽減する一方で膵機能不全が顕著となる。
代償期における主な症状は腹痛や背部痛である。特に心窩部から左季肋部にかけての痛みが特徴的で、飲酒や脂肪分の多い食事後に悪化しやすい。
急性膵炎様の発作を繰り返すことが多いが、この時期では膵機能は比較的保たれている。
膵炎が進行すると、膵臓の線維化や腺房細胞の脱落が進み、膵機能が徐々に低下する。
移行期においては、腹痛や背部痛は軽減する傾向があるものの、膵外分泌機能不全や膵内分泌機能不全が目立つようになる。
非代償期に入ると膵機能は著しく低下し、消化吸収障害が主体となる。
脂肪便、体重減少、低栄養が顕著であり、これにより生活の質が大きく低下する。
また、便への未消化栄養素の流入による悪臭を伴う放屁や排便回数の増加が見られる。
膵外分泌機能の低下により、三大栄養素の消化吸収障害が生じる。
特に脂肪の消化不良が顕著であり、脂肪便や下痢、腹部膨満感が出現する。
進行例では、栄養不良や体重減少が問題となり、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)の欠乏症状が現れる。
膵ランゲルハンス島が障害されることで、インスリン分泌が低下し膵性糖尿病を発症する。
この糖尿病は一般的な2型糖尿病とは異なり、血糖コントロールが困難で低血糖を起こしやすい特徴がある。
膵外分泌機能は、膵酵素(リパーゼ、アミラーゼ、トリプシンなど)および重炭酸イオンの分泌を評価する検査である。
消化吸収不良が疑われる場合に特に重要となる。
膵内分泌機能は、インスリンやグルカゴンなどのホルモン分泌を評価する検査であり、膵性糖尿病の診断に役立つ。
慢性膵炎臨床診断基準 2019 によって行う。
慢性膵炎の診断項目 ①特徴的な画像所見 ②特徴的な組織所見 ③反復する上腹部痛または背部痛 ④血中または尿中膵酵素値の異常 ⑤膵外分泌障害 ⑥ 1 日 60 g以上(純エタノール換算)の持続する飲酒歴または膵炎関連遺伝子異常 ⑦急性膵炎の既往 |
慢性膵炎確診:a,bのいずれかが認められる. a.①または②の確診所見 b.①または②の準確診所見と,③④⑤のうち 2 項目以上 慢性膵炎準確診:①または②の準確診所見が認められる. 慢性膵炎疑診:①,②のいずれも認めず、③~⑦のいずれか3項目以上有し、他の疾患が否定されるもの(EUS等施行推奨) 早期慢性膵炎:③~⑦のいずれか 3 項目以上と早期慢性膵炎の画像所見が認められる. |
所見は以下を参照。
確診所見:以下のいずれかが認められる.
a.膵管内の結石
b.膵全体に分布する複数ないしびまん性の石灰化
c.MRCPまたはERCP像において、主膵管の不規則な 拡張と共に膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張
d.ERCP像において、主膵管が膵石や蛋白栓などで閉塞または狭窄している場合、乳頭側の主膵管と分枝膵管の不規則な拡張
準確診所見:以下のいずれかが認められる.
a.MRCPまたはERCP像において、膵全体に不均等に分布する分枝膵管の不規則な拡張、主膵管のみの不規則な拡張、蛋白栓のいずれか
b.CTにおいて、主膵管の不規則なびまん性の拡張と共に膵の変形や萎縮
c.US(EUS)において、膵内の結石または蛋白栓と思われる高エコー、または主膵管の不規則な拡張を伴う膵の変形や萎縮
確診所見:
膵実質の脱落と線維化が観察される。膵線維化は主に小葉間に観察され、小葉が結節状、いわゆる硬変様をなす.
準確診所見:
膵実質が脱落し,線維化が小葉間または小葉間・小葉内に観察される.
以下のいずれかが認められる.
a.血中膵酵素が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇あるいは低下
b.尿中膵酵素が連続して複数回にわたり正常範囲を超えて上昇
BT-PABA試験(PFD試験)で尿中PABA排泄率の明らかな低下(6時間排泄率70%以下)を認める.
a,b のいずれかが認められる.
a.以下に示すEUS所見 4 項目のうち,1)または 2)を含む 2 項目以上が認められる.
1)点状または索状高エコー(Hyperechoic foci [non-shadowing] or Strands)
2)分葉エコー(Lobularity)
3)主膵管境界高エコー(Hyperechoic MPD margin)
4)分枝膵管拡張(Dilated side branches)
b.MRCPまたはERCP像で3 本以上の分枝膵管に不規則な拡張が認められる
慢性膵炎の治療は、病期ごとに異なる課題に対応することが重要である。
代償期では急性増悪の治療と再発予防、非代償期では膵外分泌機能障害(消化吸収障害)や膵性糖尿病の管理が中心となる。
また、膵石や膵管狭窄といった合併症に対しては、内視鏡的治療や外科治療を検討する。
すべての病期において生活習慣の改善が基本となる。
慢性膵炎では、疼痛が主訴となることが多く、鎮痛薬の使用が治療の中心となる。
蛋白分解酵素阻害薬はトリプシン活性を阻害し、膵炎の進展を抑制する効果が期待されており、疼痛軽減や膵酵素活性化抑制の目的で使用する。
カモスタットメシル酸塩(フォイパン®) 100mg 6T3×毎食後
上記でも痛みがある場合はNSAIDsの頓用または常用を行う。
ロキソプロフェンNa(ロキソニン®) 60mg 3T3×毎食後または疼痛時頓用(PPIなど併用を)
NSAIDsでも効果が不足する場合は弱オピオイド系鎮痛薬の併用を検討する。
トラマドール(トラマール®)25mg 4T4×(適宜増量、最大1日400mg・1回100mg)
膵外分泌機能不全(脂肪便や体重減少を伴う場合)には消化酵素補充薬が使用される。
消化吸収障害の改善を目的に、消化酵素を補充する。消化不良や脂肪便、体重減少を改善し、患者の栄養状態を向上させる。
十二指腸内のpHが低下している場合、胃酸分泌抑制薬と併用することで効果を増強する。
パンクレリパーゼ(リパクレオン®)150mg 12Cp3×毎食後
膵外分泌機能不全では、膵酵素が胃酸により失活する可能性があるため、胃酸分泌抑制薬を併用する。
適応病名には注意。
ラベプラゾールNa(パリエット®) 10mg 1T1×食後
ファモチジン(ガモファー®)10mg 2T2×朝夕食後
膵石や膵管狭窄による膵液うっ滞や膵管内圧の上昇が疼痛の原因となる場合、内視鏡的ステント留置やESWL(体外衝撃波結石破砕療法)等を検討する。
これらでも困難な場合はドレナージ術(Frey手術)や膵部分切除などの外科的手術も検討する。
非代償期では脂肪制限を緩和しつつ、栄養状態の維持が重要である。
国内の研究によれば、慢性膵炎患者の膵癌発症リスクは一般集団と比較して約11.8倍。
しかし、断酒や適切な外科的治療を行うことで、このリスクを低減できる可能性が示唆されており、特に断酒により膵癌のリスクが約1/5に、膵手術(ドレナージ術を含む)により約1/10に低下するとされている。
死亡時の平均年齢は、男性で67.2歳、女性で68.7歳と、一般人口と比べて10歳以上若い傾向がある。
特にアルコール性慢性膵炎では予後が不良であり、男性のアルコール性では65.6歳、女性のアルコール性では52.9歳と報告されている。一方、非アルコール性慢性膵炎では、男性で72.5歳、女性で84.6歳と高齢である。
死因の約半数は悪性新生物であり、その中でも膵癌が最も多い。また、糖尿病とその合併症、栄養障害も主要な死因として挙げられる。
慢性膵炎患者は栄養障害や脂溶性ビタミン欠乏を呈し、高齢化とともに心血管系イベントやサルコペニア、骨粗鬆症のリスクが高まることが明らかになっている。
メタ解析によると、慢性膵炎患者における骨粗鬆症の頻度は約23.4%、骨減少症は約39.8%と高率である。そのため、骨粗鬆症のスクリーニング検査を行うことが推奨される。また、サルコペニアに対しては、膵消化酵素補充療法を含む適切な栄養療法が有用とされている。