家族性地中海熱の概要
家族性地中海熱(Familial Mediterranean fever: FMF)は、インフラマソームと呼ばれる炎症経路の働きを抑える「パイリン」というタンパク質の異常によって発症する自己炎症性疾患である。この疾患は、発作性の発熱と、漿膜炎による激しい痛み(腹痛、胸背部痛など)を特徴とする。パイリンの機能異常が炎症制御機構の破綻を引き起こすことが背景にあるとされている。
家族性地中海熱の疫学
FMFは、主にユダヤ系民族を中心に、アルメニア、トルコ、アラブの人々に多く見られる疾患である。日本では1976年に初めて症例が報告された。2009年の全国調査では、日本国内の患者数は約500人と推定されたが、疾患の認知度向上に伴い、近年患者数は増加傾向にある。厚生労働科学研究費の疫学調査では約300人の解析がなされている。性差は明確ではない。
遺伝形式は常染色体劣性遺伝が基本だが、近年では片方のアレルのみの変異(ヘテロ接合体)でも発症する症例が多数報告されている。ただし、遺伝子変異があっても必ず発症するわけではなく、浸透率は完全ではない。典型例の発症は5歳から20歳に多く、成人での発症も報告されている。日本の統計では発症年齢の平均は21歳と報告されている。
家族性地中海熱の身体所見・症状
FMFの症状は、発作性の発熱とそれに伴うさまざまな随伴症状が特徴である。
典型的症状
- 発熱: 38℃以上の高熱が突然現れ、半日から3日間(12〜72時間)持続する。投薬なしで自然に解熱し、発熱間隔は4週間ごとが多い(2〜6週間隔)。発作時は全身状態が悪化し、臥床を余儀なくされることも少なくない。
- 漿膜炎:
- 腹痛: 腹膜炎による激しい腹痛が多くの患者に見られ(65.5%)、1〜3日程度持続し自然に寛解する。時に急性腹症と鑑別が困難な場合もある。
- 胸背部痛: 胸膜炎による胸痛が約半数に見られ、胸水貯留を認めることもある。胸膜炎による痛みで呼吸が浅く速くなるのが特徴。
- 関節炎: 関節炎や関節痛も伴うことがある。日本では随伴率が33.3%と諸外国より少ない傾向にある。下肢の大関節(股関節、膝関節、足関節)の単関節炎として発症することが多く、非破壊性である。
- その他の漿膜炎: 心膜炎や精巣漿膜炎を伴うこともある。
- その他の症状:
- 丹毒様皮疹斑:関節痛に伴うことが多く、下腿や大腿に現れる。
- 筋肉痛。
- 女性患者の場合、症状が月経周期と関連して生じることもある。
- 運動、心理的ストレス、感染、手術などが発作の引き金になる可能性がある。
非典型的症状
非典型例では、発熱期間が1〜2週間と比較的長く持続することが多い。典型例と比較して激しい腹痛や胸背部痛の合併が少ない特徴がある。関節炎は上肢の肘関節などに見られやすく、骨髄炎を併発しやすい。PFAPA様症状(扁桃炎、咽頭炎、口内炎、頸部リンパ節炎など)や、筋痛、消化器症状、嘔吐を伴うこともある。
家族性地中海熱の検査・診断
FMFに特異的な検査所見はない。
発熱発作時には、白血球数の増多、血沈の亢進、CRPや血清アミロイドA(SAA)の著明な高値を認める。CRPは10 mg/dl以上になることも多い。発作がない期間(発作間欠期)には、これらの炎症所見は劇的に陰性化する。
FMFの診断は、患者の症状から疾患を疑うことが重要である。診断の基本は臨床的診断であり、臨床症状と遺伝子検査、コルヒチンの効果の有無を総合的に判断して慎重に行う。
診断基準
以下の基準でFMFの診断が行われる。
1. 臨床所見
- 必須項目:
- 12時間から72時間続く38度以上の発熱を3回以上繰り返す。
- 発熱時には、CRPや血清アミロイドA(SAA)などの炎症検査所見の著明な上昇を認める。
- 発作間歇期にはこれらの炎症所見が消失する。
- 補助項目:
- 発熱時の随伴症状として、以下のいずれかを認める。
- 非限局性の腹膜炎による腹痛
- 胸膜炎による胸背部痛
- 関節炎
- 心膜炎
- 精巣漿膜炎
- 髄膜炎による頭痛
- コルヒチンの予防内服によって発作が消失あるいは軽減する。
- 発熱時の随伴症状として、以下のいずれかを認める。
2. MEFV遺伝子解析
- 臨床所見で必須項目と補助項目のいずれか1項目以上を認める場合、臨床的にFMF典型例と診断する。
- 繰り返す発熱のみ、あるいは補助項目のどれか1項目以上を有するなど、非典型的症状を示す症例については、MEFV遺伝子の解析を行い、以下の場合にFMFあるいはFMF非典型例と診断する。
- **Exon 10の変異(M694I, M680I, M694V, V726A)**を認めた場合(ヘテロの変異を含む)は、FMFと診断する。これらの変異は浸透率が高いとされている。
- Exon 10以外の変異(E84K, E148Q, L110P-E148Q, P369S-R408Q, R202Q, G304R, S503C)を認め、コルヒチンの診断的投与で反応があった場合(ヘテロの変異を含む)は、FMF非典型例とする。
- 遺伝子変異がないが、コルヒチンの診断的投与で反応があった場合は、FMF非典型例とする。
- 日本においては、MEFV遺伝子の典型的な変異を持たないFMF患者も多いため、臨床所見が診断の重要なポイントとなる。
診断が難しい場合は、専門医へのコンサルタントが必要となる。
家族性地中海熱の合併症
1. アミロイドーシス
治療が行われないまま炎症が反復すると、アミロイドーシスを合併することがある。アミロイドーシスは、腎臓や腸管、皮膚、心臓などの臓器にアミロイドという特殊なタンパク質が沈着することで、それらの臓器の機能が徐々に低下する病気である。アミロイドーシスを合併すると予後が不良となるため、注意が必要である。日本では、アミロイドーシス合併例は6例が把握されている。
2. 炎症性腸疾患(IBD)との関連
近年、FMFと炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)との間に密接な関連があることが明らかになっている。
- 遺伝的背景の共通性: FMFの原因遺伝子である
MEFV
遺伝子の変異が、IBDの発症リスクを高める可能性が指摘されている。 - 鑑別診断の重要性:
- FMF患者が、下痢や血便を伴い、内視鏡でIBDに類似した腸管潰瘍を呈することがある。これは**「MEFV遺伝子関連腸炎」**とも呼ばれる。
- 逆に、難治性のIBDと診断されている患者の中に、周期性発熱などを伴うFMFが隠れている可能性がある。
- 治療への影響: 通常のIBD治療に抵抗する腸炎が、FMFの治療薬であるコルヒチンの投与によって劇的に改善する症例が報告されている。このため、原因不明の腸炎や難治性IBDの患者を診る際には、FMFの可能性を念頭に置くことが重要である。
家族性地中海熱の治療法
FMFには根本的な治療法は確立されていない。副腎皮質ステロイド薬は典型例では無効である。
コルヒチンによる治療
- コルヒチンは、FMFの治療の中心であり、約90%以上の症例で効果が期待できる。
- コルヒチンは発作を抑制するだけでなく、炎症に伴うアミロイドーシスの発症予防にも効果的とされている。
- 発作時のみの内服では効果がなく、**継続的な治療(持続投与)**が必要である。
- なお、発作時には解熱や鎮痛を目的として、**非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)**が対症療法として用いられる。副腎皮質ステロイドは典型例の発作には通常無効である。
- 処方例:
- 成人: コルヒチン(例:コルヒチン®)0.5-1.0mg 1日1-2回(上限2.0mg/day)。
- 小児: コルヒチン(例:コルヒチン®)0.01-0.02mg/kg 1日1-2回から開始し、予防できない場合は0.03mg/kgまで増量(0.04mg/dayは超えない)。
- 副作用: 最も起こりやすい副作用は下痢である。その他に吐き気、嘔吐、急激な腹痛などの消化器症状があり、これらの副作用で増量できない場合がある。時に白血球、赤血球、血小板の減少がみられることもあるが、減量により改善することがある。副作用により内服継続が困難な場合は、分割投与(1日3〜4回に分けて投与)で軽減できることがある。
- コルヒチンは妊娠中の投与も影響がないと報告されているが、患者ごとの総合的な判断が求められる。
コルヒチン無効例・不耐例に対する治療
コルヒチンが最大容量まで増量しても年4回以上の発熱発作を認める場合を「コルヒチン無効」と定義する。また、副作用(アレルギー反応や消化器症状など)のためにコルヒチンが増量できず、年4回以上の発熱発作を認める場合を「コルヒチン不耐」と定義する。
コルヒチンが無効または不耐である発熱発作頻回例には、以下の治療法が検討される。
- 高IL-1療法(抗IL-1製剤):
- **カナキヌマブ(例:イラリス®)**などが有効であると報告されている。
- TNFα阻害剤(抗TNF製剤):
- **インフリキシマブ(例:レミケード®、インフリキシマブBS®)やエタネルセプト(例:エンブレル®、エタネルセプトBS®)**などが有効であると報告されている。
- サリドマイド。
これらの生物学的製剤は、コルヒチン治療で効果が不十分な場合や、副作用でコルヒチンを内服できない場合に検討される。
家族性地中海熱の予後
FMFは、発熱発作の繰り返しによりQOLが著しく阻害され、精神的な負担も大きいが、適切な治療により生命予後は良好である。コルヒチンの内服を一生きちんと継続すれば、アミロイドーシスを起こさずに通常の生活を送ることができるとされている。
しかし、治療が遅れたり、治療が適切に行われなかったりすると、アミロイドーシスを発症しやすくなり、その場合は予後不良となる。近年では、コルヒチンによる発作予防により、世界的にアミロイドーシス進展例は著しく減少している。小児期に発症したFMFは、成人期から30代頃にかけて症状が軽減したり自然に消退することもあるが、高齢期まで持続する場合もある。